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創作活動:過去・未来

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30ン年ぶりに筆を握ってみた。
未来へ向けて何かを始めようと思ったとたん、過去にぶつかった。
過去に戻りたくない心が急ブレーキを踏んだ。


f0176688_15592813.jpgこんにちは、Kaoluluです。
毎日が週1になり、とうとう月1ペースになってしまいました。

フランス語の勉強は続けています。
ただ、以前のようにがむしゃらに机に向かうことはなく、
ニュースを聞き流したり、NHKラジオ講座を聴いてみたり、
だらだらと続けています。

今の自分に足りないのは何なんだろう?
仕事には慣れ、週末の物足りなさを感じる今日この頃。

足りないのは運動だろうか?
…と思って、いろいろ自分ができそうな運動を考えてみたけれど、
もともと運動する習慣のないKaoluluには、
自分が運動している姿がうまく想像できない。
それよりも、そもそも運動したことがないのだから「足りない」というのはおかしい。

「足りない」のは「芸術」だ。
しかも、見る方ではなくて、表現する方の。

…そうだ。在学中も学校卒業後も、ずっと絵を描いていた。
新卒で就職した10ヶ月は何も活動していなかったけれど、
耐えられなくなって、近くの美術予備校のカルチャークラスに通った。

イラストの仕事を辞めて、もうすぐ3年経つ。
でも、絵を描こうという気分にはまだなれない。
楽しさが、孤独との戦いと完成への義務に変わってしまいそうで。

孤独にならないように、誰かに習った方がいい。
そう思って思いついたのが「書道」。

さっそく近所に新しくできた書道教室に体験に行ってみた。
中学まで習っていた書道とはまったく字形が違って戸惑ったものの、
線や点を半紙に3枚書いたあと、4枚目に書いたのが↑写真の「永」。
正直、絵を描くより格段に楽だと思った。手本を見ながら書けるのだから。

だけど、流派というか会派の説明を聞いたら、その場で入門を決められなかった。
お金がかかりすぎ。
昇段にこだわりすぎ(昇段試験が有料だからだろう)。
「楽しむ」とか「下手でもいい」という言葉は一切なく、
「難しい」「家でも勉強が必要」(練習ではなく勉強というらしい)と
何度も聞かされ、ここの会派は自分には合わなそうだと判断した。

別の書道教室を探してみた。
自分が中学生まで習っていた先生の弟子らしき方の教室を見つけた。
きっとこの先生なら、自分の筆跡とルーツが同じだから馴染みやすいはず。

だけど、問い合わせをする勇気がない。

自分が書道教室に行かなくなったのは、母が他界したからだった。
受験もあったし、家のことをしなければならなくなり、書道どころではなくなった。
当時の書道教室の思い出、それ自体は悪いものじゃなかったのに、
改めて思い出すと、重く、苦しく、逃げ出したくなってしまうのは、
もう顔もうまく思い出すことができないのに、確かに存在した母のことを考えずにいられないからだ。
今までの人生で、一番苦しかった時期を思い出してしまう。

結局、書道という選択肢はダメかもしれない。
腕は書きたいと訴えているけれど、書くと過去を思い出してしまう。

創作活動って苦しさの記憶と一体化している気がする。

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by kaolulu-nv | 2018-11-11 17:21 | ささいなコト | Comments(1)

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